石川温・弓月ひろみ・北真也がお届けする「モバテク」、2025年12月21日にBAYFM78で放送された第38回の収録後、20分ほどYouTube用に撮影してました。
ラジオ本編では話しにくい話を聞いていたら、北真也さんの本業の話をガッツリ聞ける機会となりました。
目次
オープニング
Mobile Tech LabのYouTubeをご覧の皆さんこんばんは。こんにちは。今日はMobile Tech Labの初の公開収録ということで404 Not Found、渋谷駅のすぐ近くの会場からお届けしています。で、皆さんにも来ていただいてます。ありがとうございます。
先ほど公開収録が終わったところなんですけれど、客席の皆さんから質問をいただきましたので、聞いてみたいと思います。まず、収録の時にお互い実は言ってないけど気になること。この際だから聞いてみたいことがあれば教えてください。
石川さんのオンとオフ
石川さんへの質問が。石川さんと普段、打ち合わせとかで話しているときのオフモードの石川さんと、ラジオが始まって弓月さんが振ったときにスイッチが切り替わって語り出す石川さん、そのスイッチが入る瞬間をいつも感じているんですが、何かあるんですか?自分の中でスイッチが入る瞬間というか、意識的に切り替えているみたいな。
そうですね…。ちゃんと答えなきゃいけないなっていう、緊張感でしかないような気がしますね。難しいのは、やっぱり間違わずに喋らなきゃいけないというプレッシャーがあるんですよ。昔のことも喋んなきゃいけないけど、あまり数字のことを言うと大抵失敗することも多いので、具体的な数字は避けつつ、間違わないように、だけど合っているし、ツッコまれないようにしつつ炎上しないようにっていう…。
メディア人としてのギリギリのラインを考えながら行くっていう。
で、まぁ、そういう風になって行くっていう感じだと思います。
リスクコントロールが頭の中にワーッと回ってるんですね。
北さんの関西弁
私、聞きたいことあって、北さんになんですけど。北さんは普段は関西弁じゃないですか。放送だと8割標準語で、ちょっと関西弁出るんですけど、あれは関西弁でそのまま行くっていうことはあんまり自分的にはないんですか?放送も関西弁で。
個人的には、全部標準語でしゃべっているつもりなんですよ。関西弁を出しているつもりはないんですよ。なので、そこはにじみ出てしまっているだけで。でも、例えば一人でプレゼンテーションをするときは、あえて関西弁をバリバリで行くんですよ。その方がよく舌が回るというのと、緊張しない。
そうなんだろうなと思って。関西バージョンもあっていいんじゃないかなって思ってます。
じゃあ今度から。ただ、敬語と関西弁って相性が悪くて、ラジオではちょっと…。
急にすごい石川さんにフランクになったらみんなびっくりしちゃう。
「何ゆうてはるんですか」みたいな。
いやいや、それでも良いんじゃないですかね。
若干お笑いの雰囲気出ますけどね。
意識的にちょっとずつ開放していくようにします。
ラジオの手応えは?
リンクマンはゲストで何回か出ていますけれども、2人に聞きたいこととか。
ラジオを始めて今どのぐらいになるんですか、この番組自体は。
この番組は4月に始まって。
8カ月とか。
どうなんですか?手応え的な何か、そういうのってあったり、反響的なこととか、あったりするのかな、みたいな。
ちょっとガチめの話をすると、業界側にいるので言われるんですよ。「何か石川さんと何かやってます?」みたいな。石川さんを業界の人たちみんなフォローしてるから、Xとかのああいう盛り上がりよりも、業界の中で「ラジオ聴いていますよ」とか、聴いてくださっているんですね、みたいなことがいっぱいあります。
業界視聴率高いとデータ系の話をするときとかにピリっとしますよね。
社名を言わないようにとか、気をつけようと思いました。
北さんは何の仕事をしている?
石川さん、誰かに聞いてみたいことありますか?
北さんに聞きたいんですけど、ネットワーク関連の仕事をしているっていうのは聞いてるんですけど、もうちょっと具体的にどんなことを普段しているかっていうのを知りたいんですけど。
マニアックな本職の話を。
多分「何者だ?」と思っている人がいっぱいいると思うので。改めて。
INNOMOという会社をやっているんですけれども。元々はずっとN○Cっていう、日本を代表する電気の会社がありまして、そこでずっとネットワーク系のお仕事をやっていました。
その時に何があったのかよく分からないんですけど、ずっとエンタープライズ系のシステムを作りたいという要望を出してたんですけど、最終的には横須賀の、とある光の丘のところのYRPという…。
YRP野比!超田舎にあるんですよ。
皆さんあとでググってください。YRP野比です。あそこに配属されまして、そこで出会ったのがネットワークの運用監視をやるシステムの開発。
それは何年ぐらい前ですか?
20年前ですかね。約20年前。そこからずっとネットワーク運用監視をやるシステムを開発するという仕事をやり続けて、転職して某ピンク色の会社に行きまして、そこでも同じように開発をして、今は独立をしてネットワーク運用監視をするシステムの開発をやっています。
ネットワークの運用監視って、ここ数年AIに置き換えていこうみたいな流れがあるじゃないですか。それってどうなんですか?
あります。オートノマスネットワークという言葉がございまして、TM Forumという業界の標準化的な団体があるんですけど、そこでオートノマスネットワークレベル0から5というのが定義されていて、いまみんな大体レベル2から3の間ぐらいにいて、先進的な会社が3か4ぐらいのところです。
で、3以上のところに行くとAIを使って何らかの自動化をしているというのが一応一定の基準で。
今エージェンティックAIという言葉がちょっと流行っている。ネットワークだけじゃなくていろんなとこでエージェンティックAIというのが、AIのオーケストレーターみたいなやつがいて、その下にAIエージェントがぶら下がっています。ここのAIエージェントが専門領域を持っていますみたいな形で、例えばネットワークの監視をやる人ですとか、技術的な解析をやる人ですとかっていう、いくつかのロールをエージェントに与えて、それをなんか偉いオペレーションセンター長みたいな人が統括するみたいな形で、複数AIを協調させてトラブルを解決していくみたいなことを実際今もう始まっていて。
そのエージェンティックAIというのが普及していくと、レベル4から5へのブレークスルーになるみたいなことが言われているのと、あとは6Gに向けてはやっぱりAIをネットワークに組み込んで、自律的にネットワーク自身もAIを使って制御されていくし、問題が起きたらそれを解決するのもAIがやっていくという流れに、6Gはなっていくというのが今の流れかなと思います。
その頃に北さんの仕事はありますか?
私が現役の頃はまだ大丈夫かなと思うんですけど、その先ですよね。我々が持っているノウハウっていうのをAIが全部学びきった先に、我々の失業が待っているという。
まだそこまで全然AIは到達していない?
でもどっちかというと、まずは作る側はしばらくは大丈夫で、使う側がだんだん使う人いなくてもOKになっていくんで。いいことに日本は少子高齢化社会なので、どんどんやる人が減っていくんですね。なので、AIを使っていかないと今度オペレーションもこのままだと立ち行かなくなっていく。
いわゆる人手不足だからっていうことになりますよね。
なので、そうやってAIを使って人手を減らしていくというのは、社会的にも合理的な解決策かなと思います。
普段聞きにくいことというより、本編みたいな濃厚さになりましたね。
いやでも、本編だと結構怖すぎるなって感じがしました。
ネットワーク運用監視、誰も興味ないですからね。
聞けてよかった。
20代の頃何をしていた?リンクマン
じゃあもう一つの質問ですけれども。皆さん20代の頃何をしていたかというか、今日こういうことをやっているという状態をイメージしていたかどうかというお話がありますけれども。リンクマンからいく?
してるわけないですよね。別に20代の頃は着メロバブルの時代なので、お金はあったので何も困っていなかったんですけれども。
良いイメージを抱かれないような言い方。
いやでも、そんなに先々のこともそんな考えてなかったんですね、20代の頃は。
その日暮らし。
その日暮らしだし、なんとなく生きていたなって思います。
じゃあいまここに立っている自分をどう思います?
なんか、ずっと小さい頃から人前に出たいみたいなのはあったみたいです。でもちょっと恥ずかしいもあるし、すごい面白いかと言われるとそうでもなかったりとか。今はやむにやまれずというのもあって前に出ることになったんですけど、出てみたら楽しいし、一生これができていたら面白いなあという風には感じますね。
20代の頃何をしていた?石川さん
石川さんはどうですか?20代の頃と今と。
20代の頃は雑誌編集者だったので、楽しくはあったけど、この会社にいて大丈夫なのかなという不安もあり、悶々としたっていうのがあった。
ただ、やっぱりさっきも触れたように、あの頃にiモードに出会ったので、これによってモバイルを深く取材するという人生が決まったので、それはそれで良かったなとは思いつつも、人前でしゃべるというところまではちょっと想像してなかったですね。
でも石川さん、ラジオ長いですよね。
まぁまぁ長くなりましたね。いつまで続きますかね。
なんかあるんですか?いくつまでとか。生涯現役だと言われる方もいらっしゃるわけですが。
それで言うと、子どもが巣立つまでって考えると7Gまでいかないとダメなんですよ。7Gまで。
ジェネレーションで数えるんですね。
7Gの本を書いて終了かな、みたいな。
そこが最後の筆を取るタイミング。
だから6Gも盛り上げるし、7Gも盛り上げて引退っていうのを考えてます。
まだ先が長いですね。
20代の頃何をしていた?北さん
北さんはどうですか?
この公開収録をやっているところまではさすがに予想はできなかったんですけど、先ほど申し上げたとおり、YRPというところに配属されたのが新入社員の頃だったんですね。その時にネットワーク運用監視というものに出会ってなかったら多分、この場がないんですよ。
Mobile Tech Labがない。スポンサーさんがいない。
公開収録がない。元々起業したかったので、いつか会社を作りたかったですとか、あとは何かしらでスペシャリストになりたかったので。ネットワーク運用監視ってものすごいニッチなんですよ。
正直あまり聞いたことがなく。
人気がない。
このモバテクを始めたきっかけは、業界に若い人を呼びたかったというお話をされていましたね。
別にうちの会社とかが盛り上がらなくてもいいので、こういうモバイル技術に興味を持ってくれて、いろんな人がモバイル業界に入ってくれたら嬉しいなというのが…。
今実は、業界的に言うとクラウドというか、要はGAFAといったところがやっぱり人気があるんですよね。日本のトップレベルの頭脳みたいなのが大体外資系のコンサルタントかGAFAに流れているという状況があるので。
同じ渋谷でもビルの違うところにね。
通信会社じゃなくてもいいしメーカーでもいいんですけど、そういうところにもっと興味を持ってもらって来てもらえると、もっと日本の通信が盛り上がるんじゃないかなと。世界を取って欲しい。3Gで一回取りかけましたもんね、世界を。
けど、ダメでしたもんね。
LTEの父まではいったんですけど、そこが最高到達点だったかな、というのをもう一回ちょっと盛り上げていきたいなというのが、これを始めたきっかけです。
20代の頃何をしていた?弓月さん
じゃあその頃に出会って、今のこの公開収録があるという。私は20代前半からラジオの仕事をしていたもので。
一番キャリアが長いじゃないですか。
喋る仕事自体は18からなんですよ。その時はステージのMCとかをやらせていただいていて、20代、23〜24歳くらいからラジオを始めたんですけれども、一番最初に番組のリポーターとして番組に配属されたのはBAYFM78のTHE FLINTSTONEという番組だったので、そこにちょっと帰って来れている感じは嬉しいなと思って。
パーソナリティーとして帰ってくるんですからね。それはすごいことですよね。リポーターからパーソナリティ。
でもリポーターって、描写の能力がすごく大事なので、「じゃあペットボトルをどうやって表現しますか?」みたいなところがあって。私それがそんなに得意じゃなかったので。
リポーターなのに?
そうなんですよ。よく言われるんだけど、「例えが何を言っているかわからない」って言われることがあって。
それはGadgetouchでもたまにありますからね。
「弓月さんの例え、何を言ってるか分からないです」って、本当にディレクターさんから言われることが多かったので、ちょっと向いてないかなと思ってたんですけど、パーソナリティーとして入らせていただいて、非常にありがたく思っております。というのが20代と今の比較。
でもずっとやり続けてるんですね。喋る仕事をね。
喋る仕事はやり続けていて。ただ、自分がこういう、今このSHIBUYA Tech Festivalを主催する側にいますけども、イベントを作るっていうことも考えてなかったような気はするんですけれども、でも小さい頃からプチイベントをずっとやってはいるんですよ。小学校のみんなで集まって何しようとか、回覧板を回して参加する人をここに来てね、みたいなのをやってたので。
パーティー好きなんですよね。
パリピ?オーガナイズ側。
好きなんですよね、そういうのがね。
10歳ぐらいの時には、書く人か喋る人か社長になるって思っていたので、意外と、今のところはなれているかなと思っております。
具体的に、そのじゃあ事業としてイベントをやり始めたのっていつくらいなんですか?
実は、今年15年目になるiPhoneケース展って、いまそこにもあるんですけども、iPhoneケースのアート展を始めたのが2010年で、その時は任意団体みたいな形なんですよ。その後この初回のイベントが結構盛り上がったので、スポンサーをしたいという企業の方とかが来てくださって、「個人にはちょっと出せないので、会社にしませんか?」みたいな話があって会社を作ったんです。
だから一番最初に何かスケールしようとか、これで事業を立てようとかは実は思ってなくて、ただやってるうちに、やっぱりいろんな協力してくださる仲間の皆さんと出会えたので、「じゃあちょっと事業としてちゃんとしていこうかな」って。ここでも5年ぐらいです、ちゃんとやってるのは。
ちゃんとはやってたでしょう。
ちゃんとはやってますけど、自分でもうちょっと事業としてやろうっていう、社長の認識が出てきたのは5年ぐらいです。
でもこれは今回のこのシブテクっていう、初めてこんなに大きなイベントをやるわけじゃないですか。
立ち上げたので、これをちょっと定例化していきたいなと思ってますし、Mobile Tech Labイベントを単体でやりたいなって。
モバテクフェス構想
モバテクフェス?モバフェス?
モバフェスの方が語呂いいかな。
こっちがテック入っちゃってるからモバフェス?メモっておきます。
モバフェスは商標的にどこかとぶつかりません?
じゃあモバテクフェスでいっときましょうか。
どっちも調べましょうか。
意外と揉めますからね。
思いの外独り歩きしてね、そういうことがあり得る。
多分本当に今、GREENFUNDINGさんのクラファン実施中の方のいろんなガジェットも触れるし、トークイベントもできるし、アートイベントもあるしみたいな形は続けてたいですし、モバテクフェスかモバフェスか分かりませんが、ここで別のちょっと大きいイベントもやれたらなと思っているので、ぜひ皆さんにはご協力をいただきたいなと。
客席にいるメンバーはもうコアメンバーですから。
まぁちょっと皆さんにも拡散を今後お手伝いいただいたりとか、あとこういうのをやってほしいとか、モバテクにもいろいろご意見いただきたいですね。この人を呼んでほしいとか、博士に来て欲しいとか。
それこそあれですよね、この間Gadgetouchに遊びに来ていただいた時には、もうちょっとGadgetouchとモバテク、ガッツリ組んでやりましょうみたいな話をさせていただきましたので。
やるんですよね?
やります。よね?
決めるのは編集長。
僕はもうやる気満点で。だからちょいちょいモバテクに出ようと思っていますから。出てこようと思ってますから。
2人はGadgetouchに出てもらう、っていうね、コラボ。
気づいたら4人になってるっていう感じをちょっと狙っています。「あれ?毎回いるなあいつ」みたいな感じに。
座敷童的みたいなところから、ちょっと近づいてきた。
3人ということを忘れさせようと思ったんですけど。
スタジオ的には1個椅子空いてるのよね。MAX4人なのよね。
なんだ入れるじゃんと思って。
のっとり計画を、実は着々と。
というわけで今日はMobile Tech Labの皆さん、スタッフのみなさんにも来ていただいてますし、そしてゲストのリンクマンさん。
もうレギュラーのリンクマンで。
というわけで皆さん、Mobile Tech LabとGadgetouchのコラボ公開収録、お送りしました。ありがとうございました。
